野良犬クロの恩返し
毎朝の霊園のお掃除がすむと私は必ず供養塔の前で手を合わせます。
たくさんのペットちゃん達が見守っていてくれるようで不思議と気持ちが落ち着いてきます。
寒さも日増しに厳しくなるこの時期、決まって思い出される出来事があります。年の瀬も押し迫った十二月三十日、私はペット霊園に御参りに来られるお客様の知らせで、警察署に保護され保健所に連れて行かれる犬たちを引き取りに行きました。
この日からマルチーズとコーギーの二匹は家族の一員となりました。今までどんな辛い経験をしたのかと考えるだけで涙が出てきます。
これからは何も心配しなくていいんだよと声をかけ今でもこの二匹たちは元気に私達と暮らしています。
ある夜、二匹をつれて堤防に散歩に行きました。真っ暗で何も見えない状態だったのですが、人が誰も居ないので散歩しやすいかと思い、安易な気持ちで堤防の土手をゆっくり降りていきました。
すると、突然草むらから、「ワンワン、ウー」とうなり声が聞こえ、何十匹もの野犬が一気に土手を登り私達に向かってきたのです。
私は危機感を感じました。楽しい散歩が一転して恐怖へと変わったのです。咄嗟にマルチーズを抱きかかえコーギーのリードを外し、「逃げてっ!」と心の中で叫びました。
コー ギーも何かを感じたのか慌てて暗い中逃げていきました。「お願いあの子を助けて神様!」と、あっという間に私達は野犬に囲まれてしまいました。恐怖で涙が あふれ身体中がガタガタ震えて、一歩も動くことが出来ません。マルチーズの子をギュッと抱きしめ、この子だけはなんとしてでも守らなければ、という必死の 気持と共に初めて身近に死というものを感じました。もうこのままこの子と!と最悪の事態まで覚悟したその時、土手の上の方から「ワン!」とうなる声が聞こ えました。
見上げると、暗闇でハッキリは見えませんが、一匹の犬の気配がしました。確信は無かったのですが、「そこに居るのはクロ?クロなの?」私は思わず「クロ!」と叫んでいました。クロに助けを求めるかのように…。
見覚えのあるその犬は土手を一気に駆け下りてくると、野犬達に立ち向かって行ったのです。野犬達はあっという間にちりぢりに逃げていきました。
私は一瞬の出来事で、今までの緊張と恐怖のあまりその場にへたり込んでしまいました。目の前には尻尾をふっているクロが立っていました。思わずクロの首に抱きつき泣きながら「ありがとう、ありがとう」と何度も何度も繰り返していました。
ク ロは近所の野良犬でした。飼い主は引越しと同時にクロを捨てて行ったようです。人に危害を加えたりする犬ではなかったので、犬好きな人から餌をもらったり して暮らしていたようです。餌をもらってもその場では食べず、人の気配が無くなってから食べる、警戒心の強い犬でした。
ク ロは家の前の狭い路地を寝床にしていました。当時居酒屋でアルバイトをしていた私は、夜遅く帰宅しクロに「ただいま、クロ」と言うのが日課となっていまし た。雨の日も寒い日も私を待っていてくれるクロに次第に愛情が芽生え、居酒屋で余った食べ物を与えるようになりました。飼い主に置き去りにされて人間に心 を開かなかったクロもいつしか顔をあわせれば尻尾を振ってくれるようになり、餌も私の前で食べてくれるようになりました。自宅で飼おうとも思ったのです が、クロは家の中には決して入ってこようとはしませんでした。このまま自由な生活が彼には合っているんだなと思い直し、帰りを待つクロに餌を与えるだけに しました。
しかし、その後クロは2匹 を引き取ってから姿を見せなくなり近所で見かけても、以前のように近づいては来なくなったのです。噂では新しい飼い主さんが出来たようで新しい首輪を着け てもらっていました。寂しい気持と共に、やっと幸せになれてよかったという、安心感でいっぱいでした。そのクロが私達を助けに来てくれた。野犬達に一匹で 立ち向かっていったのです。咄嗟に逃がしたコーギーも無事見つかり、今でも仲良く暮らしています。数年後クロは引き取られた家で亡くなったそうです。
供養塔の前でいつも「ありがとう、クロ。天国で幸せにね。」と、手を合わせています。クロとの出会いが無かったらこの子達を保護する事もなかったかもしれません。この二匹の子達と共にクロは今でも私の心の中で生き続けています。
この話を皆さんに聞いて頂ける事で天国のクロが喜んでくれるかな、そう思い手記にしてみました。
動物と人間、いつまでも支えあって出会えた事を一生の宝物にしていきたいですね。